forgotten

かつて遺書を書くように歌詞を書いていた人間が今は生きている証明をするために文章を書いている。あの頃は良かったとか、変わってしまったとか、そんな戯言を掻き消すように文章をここに吐き捨てる。なにも変わるのは自分だけではない、家族も友だちもバンドも何もかもが移り変わっていくのがこの世の中だ。「行ってきます」「いってらっしゃい」を最後に会えなくなるのが分かっていて「また」なんて言えるだろうか。温かいように思える「また」が自分にはどうも冷酷さを纏っているように思えてならない。

学生を終えてから、病気になってから、二十歳を過ぎてから、バンドを辞めてから、節目節目で会えていた人とも会えなく(会わなくも含む)なった。それでもホンの何人かは毎日のようにどうしているのかを気にかけているし、人伝にどうしているのかこっそり聞くこともあるし、夜な夜な誰にもフォローされていない糞みたいなアカウントで詮索してみたりもする。急なイベントが発生して突然再会する人だっている。そんな人はまだいい。完全に、ほとんど、若しくは居なかったことにしている人たちだってたくさんいるはずだ。「忘れないでね」「また会おうね」を最後にして完全にいなくなった人。これから先、その「忘れないで」や「また」が成立するにはお互いに生きていて、記憶が微かでも鮮明で、どうか互いに変わらずありたい。いつだったか、居なかったことにするのが得意な人がこの世界にはたくさん居て、そしてもれなく自分もそのうちの一人であることを確信し直したそんな夜だった。

生きてるうちにまた会おうぜ。またなんて来ないぜ。

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